【中道】落選の枝野幸男氏、枯れ草色ニットで荷物整理 福山哲郎議員「寂しすぎます、痛恨の極み」と無念吐露

11 February 2026

 立憲民主党の福山哲郎参院議員が10日、Xを更新。衆院選で落選した中道の枝野幸男氏との2ショットをアップし「寂しすぎます」と無念の思いをつぶやいた。  福山氏は「こんばんは。今日の午後、枝野幸男さんの衆議院会館に行ってきました。元気そうでした」と投稿し、議員会館の枝野氏との2ショットをアップした。  スーツ姿の福山氏に対し、カーキ色のような枯れ草カラーの薄いセーターとグレーのズボン姿の枝野氏。ワイシャツも着ておらず、ノーカラーの首元からは黒いシャツものぞいていた。ヘアスタイルもラフな感じだ。バックの本棚は、空となった部分も多く、片付けの途中だと思われる。  福山氏は「とはいえ荷物を整理されている姿は寂しすぎます。痛恨の極み」と無念の思いを吐露していた。

韓国人気ドラマ「たった一人の私の味方」出演俳優が死去 39歳の若さで

11 February 2026

 韓国で2018年に高視聴率を記録したドラマ「たった一人の私の味方」などに出演していた、俳優のチョン・ウヌさんが死亡したことが明らかになったと11日、現地メディアのXsportsニュースなどが報じた。39歳という若さだった。  ウヌさんは昨日、自身のインスタグラムに「懐かしい、うらやましい、惜しい」と書き添え、03年に46歳で死去した香港俳優のレスリー・チャンさん、11年に27歳の若さで死去した英国歌手エイミー・ワインハウスさん、自身の写真を順番に投稿していた。  チョン・ウヌさんは06年にドラマ「四捨五入3」(原題)でデビュー。以降、「太陽の花嫁」「笑ってトンヘ」「帰ってきたファン・グムボク」などに出演。特に「たった一人の私の味方」で演じた青年・ワン・イリュク役で、高評価を得ていた。  故人の葬儀場はニュー高麗病院葬儀場に設けられ、出棺は13日の12時だという。

ストリートから世界へ 75歳の現役ボサノバギタリスト・木村純のセカンドライフ(後編)

11 February 2026

 木村純(75)は、日本におけるボサノバのギタリストの草分けと言える存在だ。24年間のサラリーマン生活を送ったが失職し、ミュージシャンに転身。ストリートから始めてスケジュール帳の空き日がないほど引く手あまたになった。  当初は47歳での路上演奏に抵抗があったが、「ある日頭を上げてみたら、名刺がなくて肩書がないわけですよ。今までだったらBMWの僕、伊藤忠の僕だって分かってたけど、肩書がない人間に対して聴いている人と心が通じ合えた」と感じた。「たくさんの人が聴いてくださっているというのに感動して、これは一生続けていこう」と心に決め、現在も路上演奏は続けている。  妻からは「自分はサラリーマンと結婚したんだと何回も言われましたよ」と認めてもらうまでに時間を要したが、「今は応援してくれています」と納得してくれた。子供たちも「しょうがない」という家訓ゆえ納得し、「あまり家の騒動にはならなかった。みんな諦めモード、前に進めモードだったから」と家族は受け入れてくれた。  収入は「(当初は)全然サラリーマン時代の方がありますよ。7年くらい、食べていけるのに種をまいていたんで」と、生活が軌道に乗るまでに7年ほどかかった。「今考えるとサラリーマンの時にもらっていた金額以上のもの、人の縁をたくさんもらっている。感謝しています」と言う通り力量は徐々に認められ、道が開けていった。  レコーディングは大手レコード会社や海外のアーティストなど多数。ソロアルバムや、三四朗(サックス)とのアコースティックボサノバデュオ「SAPATOS」のアルバムも多く制作した。  新宿の路上で演奏しているとその場でCMの仕事を誘われ、作曲、演奏したCMが賞を取ったこともある。作曲、編曲、演奏を担当した資生堂「ふふ マスカラ・ドラマティカルアイ」、松下電気産業「乾いちゃう洗濯機」と「生ごみ処理機」は2001年度の全日本CM放送連盟(ACC)審査会で銅賞(資生堂)とACC賞(松下)を受賞。他にも多くのCMに参加してきた。  コロナ禍までは香港、韓国など海外でも演奏した。エジプトではナイル川を船でさかのぼりながら演奏し、神殿前のステージでカイロ管弦楽団のメンバーと演奏。仏ルーアンのノートルダム大聖堂でも演奏した。  今は毎年、クリストファー・クロスのグループにいるサックス奏者のアンディ・スズキとツアーを行っている。来日していたスズキとセッションし、「日本でやってみたいっていう希望があったんで、1週間ぐらいのツアーを組んでみた。四六時中一緒にいていろんな話をして、あうんの呼吸で感性が合ったような気がしたんで、ずっと付き合っていけるかなと思った。それから毎年来るようになった」。  世界最高のギタリストの1人であるラリー・カールトンとも共演した。スズキのグループのベーシストがカールトンの息子で、カールトンのグループにスズキが参加するなどつながりがあったため連絡が来て「3人で回ったことがある」。  音楽の力を実感した出来事もあった。  長野県上田市のローカル線である別所線が今世紀初頭、廃線の危機に陥った時に住民運動が立ち上がり、長野でよくライブを行っていた木村と三四郎は、上田駅でライブを行うよう要請された。駅、さらには電車内でもライブを「1年くらい行く度にやっていたら、だんだんお客さんが来るようになった」という。  その様子が、第二の人生をテーマに木村を取り上げたテレビ東京のドキュメンタリー番組で紹介され、俳優の故阿藤快さんの取材を受けた。全国で放送され、日本中から乗客が訪れるようになったという。もちろん地元の多大な努力あってのことだが「多少は力になれたかな」と手応えを感じられた出来事だった。  人間誰しも好きなことをして暮らしたいという願望はあるが、木村は47歳での失職という逆境からそれをかなえた。  「そういうこと(好きではないこと)が受け入れられない質なんで。耐えられないものはできないっていうのがすごく強くあって。あとは短絡的な考えなんだけど、やりたいことをやらないと、いつかは死ぬんだからということがすごく強い」  75歳の今も休みはほとんどないが「ギターを弾くことが好きだし、弾いていること自体が癒やしになるから、それで十分休養を取っている」と苦にしない。  24年間のサラリーマン生活も強みになった。  「僕よりうまい人はいくらでもいますよ。一つだけ勝てることが社会性。みんな自分でプロモーションや計数管理ができないから事務所があったりマネジャーがついていたりサポートがいたりするけれども、僕はそういう仕事をしていたから一人でできる。だったらダイレクトにお店とかそういう(演奏する)所とつながっちゃえば早いし安い。折衝事は得意だったから、これだったら生きられるかなと思った」  夢や目標を聞くと「今はなるべく先のこと、過去のことは考えずに、今を真摯(しんし)に生きるというのが力になっている」と言う。生徒にも「将来のことを考えるエネルギーがあるんだったら今を考えろ」と教えている。「将来って今の積み重ねじゃないですか。今を真摯に生きて今と向き合って今と勝負すれば将来は良くなる。今をいいかげんにしちゃうと絶対いい将来は来ない」。  木村純は今を真摯に生き続けることによって、充実のセカンドキャリアを手に入れた。多くの人にとっても、指針となるのではないだろうか。(終わり)

太田光「選挙特番」で高市首相が激昂―「失礼質問」に対する反論がSNSで議論を呼ぶ

11 February 2026

日本の政治が揺れ動く中、太田光の質問に対する高市早苗首相の激しい反応が、放送された選挙特番で話題を独占している。2月8日、『選挙の日2026 太田光がトップに問う! 結果でどう変わる? わたしたちの暮らし』(TBS系)で披露されたこのシーンは、視聴者の心を掴んで離さない衝撃の瞬間だった。 この番組では、自民党の圧勝が報じられた中、高市首相は太田との生中継に応じた。最初は友好的な雰囲気で始まった対談も、自民党の公約に関する質問が飛び出すと、瞬時に緊迫した空気が部屋を支配した。太田は「たいへん失礼なことを言いますが」と前置きしながら、「もし(消費税0%に)できなかった場合、高市総理はどういう風に責任を取るんでしょうか?」と尋ねた瞬間、高市首相の表情は一変。彼女は感情を露わにし、「できなかった場合? だって(党の)公約に掲げたんだから、一生懸命いまからやるんですよ。できなかった場合とか、そんな暗い話をしないでください」と、強い口調で反論した。 この質疑応答は、SNS上で瞬く間に広がり、視聴者から賛否が集まった。「高市さんが太田にブチ切れた」との声もあれば、一方で「太田の質問はアントニオ猪木ならビンタするレベル」といった意見まで飛び交う始末だ。故・アントニオ猪木氏が残した名言や行動が、なぜかこの場面と重なり、多くの人々によって引用される状況は興味深い。 この尋常ならざるやりとりは、政治に対する国民の関心を呼び立てるものであった。高市首相は、「なんか意地悪やな〜。最初から、できへんと決めつけんといてください」と太田に向けて反発し、さらに「これは公約で訴えて、たくさんの方々にお認めいただいたことだと思とるんです」と補足した。関西弁を交えた彼女の発言には、強い意志が感じられる。 太田の姿勢は、政治家の責任感を問う重要な一歩だった。SNS上では、「太田の質問はまさに真剣勝負だった」「この特番が日本の政治を変えるきっかけになるかもしれない」との期待の声も上がっている。しかし、逆に「どうしてそんな質問をするのか」と疑問視する意見も多く、意見が二分する事態となっている。 一方で、食料品消費税ゼロという公約には、多くの課題が山積していることも事実だ。高市首相が果たしてこの公約を実現できるのか、その行く末は依然として不透明である。日本国民は、実現の可能性を見極めるため、高市首相の行動を注視している。 歴史的に見ても、政治において過去の名場面が呼び戻されることは少なくない。今回のやりとりは、かつてアントニオ猪木がテレビの前で示した姿勢に通じるものがある。猪木が質問者に向かって発した「出る前に負けること考えるバカいるかよ!」という言葉は、勝負に向かう者の心意気を象徴しているのだ。 今後、高市首相と自民党が掲げる食料品消費税0%という公約が実現するのか、果たしてその単純な問いに対する答えは、政治の重みと共に日本社会に響くことになるだろう。太田光の質問が政治家たちにどれほどの影響を与えるのか、その未来に目が離せない。視聴者も、今後の政策の展開を注視し、この珠玉のような瞬間を振り返りながら、政治の世界における責任感や覚悟について再考を固めるべき時に来ているのかもしれない。

ぼる塾・酒寄、第2子妊娠を報告 長男・みたらしが「お兄ちゃんに」生まれてくる子は「ようかん」とあんりが断言

11 February 2026

 4人組お笑いグループのぼる塾が11日、YouTubeを更新し、酒寄希望が第2子を妊娠したことを報告した。  酒寄は「新しい命を授かりました」と報告すると、他の3人は「おめでとう!」と拍手し、祝福。酒寄は「年末あたりから舞台が3人のことが増えたから体調を心配してくれている人がいたら申し訳ないが、お腹に赤ちゃんが宿っております」とコメントした。  酒寄はニックネームが「みたらし」の長男がいるが、「みたらしがお兄ちゃんになります」というとあんりも「感慨深い」などとしみじみ。第2子については、ニックネームは「ようかん」だとあんりは断言。田辺智加は「今はようかんだけど、生まれた時のインスピレーション、変えるかもしれない」などと話していた。  メンバーに報告したときは、あんりときりやはるかは大喜びだったというが、田辺からは「予感してたよ」という言葉があったといい、なんで分かったの?という質問に田辺は「直感」と話していた。  ぼる塾は田辺と酒寄の「猫塾」とあんり&はるかの「しんぼる」が合体してできたグループ。酒寄は産休を取得し、その間は3人でテレビ出演などをこなしていた。23年の「THE W」では4人体制で出場していた。